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2011.03.26

「コーヒー・ルンバ」

昔、「コーヒー・ルンバ」という曲があった。


昔アラブの偉いお坊さんが
恋を忘れた あわれな男に
しびれるような
香りいっぱいの
こはく色した
飲みものを教えてあげました
やがて心うきうき
とっても不思議このムード
たちまち男は
若い娘に恋をした♪

<a href="http://jpop.yinyueabc.com/%E4%BC%B4%E9%83%BD%E7%BE%8E%E5%AD%90/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%90/">コーヒー・ルンバ 歌詞<a> 
<a href="http://www.yinyueabc.com">音樂 ABC<a>


井上陽水か荻野目洋子、
どちらの歌唱を思い出すかで年代が問われる(笑)

この琥珀(こはく)色という形容が一番似合う飲み物、
私もコーヒーを愛してやまない。

平日は仕事をしていると、
午前、昼、午後、夕方と最低4回は飲むだろう。

できれば休日はもっと美味しく飲みたい!
そう思ってから、コーヒー器具を揃えたり、
バリスタに直接入れ方を教えていただいたりもした。

家にはペーパー、ネルドリップ、サイフォン、水出し、エスプレッソ
それぞれの抽出器具がある。

まずは、業務用小型電動ミル。
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豆の挽き方をダイヤル調整できる優れもの。
直前に豆を挽いて入れると、香りがすばらしい。
このカリタ製 Nice Cut Mill はすでに15年使用しているが壊れない。

お手軽だけど、味はあなどれないネルドリップ式。
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ドリップスピードを遅くするために、
内側にペーパーを入れることもある。これで洗うのも楽になる。

日常的に、よく使っているドリップマシーン。
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TIGER製水出し&浄水コーヒーメーカー
短時間で美味しくコーヒーを入れるにはコレが一番。

水出しコーヒーも作れる一台二役のマシーン。
夏になると、水出しのアイスコーヒーをよく作る。

そして、
濃いコーヒーといえば、エスプレッソマシーン!
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デロンギ製カフェ・トレビゾ
このマシンも15年ほど愛用している。
小型だが、9気圧で抽出できるのがいい。
本当は、12気圧マシンが欲しいところ。

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ちなみに、子供用のココアなどもこれでつくると美味しい。
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最後に、野外へはパーコレーター。
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寒い野外でもバーナーがあれば、これで熱々のコーヒーを
入れることができる。


コンガ マラカス
楽しいルンバのリズム
南の国の情熱のアロマ
それは素敵な飲みもの
コーヒー モカマタリ
みんな陽気に飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ    ♪

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2011.03.21

「早春の山へ」

日を追って広がる地震の被害に、その規模の大きさを実感する。
いま自分のできることを、自分の責においてしっかりと果すことが大事だと思う。
それが何であるかは、個々の胸に問えば自ずと答えは見えるだろう。



さて、
この3月の連休は出かけることもなく家にいることにした。
これまでになかなかできなかった、読書やブログを書く事にしよう。

東北関東大地震の一週間ほど前のこと。

まさに「三寒四温」とばかりに、東京でも寒暖の差が激しかったころ、
春の息吹を探しに、神奈川の名峰!? 「陣馬山」へトレッキングへ出かけた。

標高もさほどはなく、陣馬山は足腰を鍛えるのにほど良い。
最近では、トレイルランニングをする人も増えている。

陣馬山へは、定番の高尾山・陣馬山コースを辿ることにした。
おおよそ15kmほどのトレッキングとなる。

Takao_course

前夜から、25Lの中型リュックに荷物を詰める。
今回は、山で簡単な調理をするつもりで、
ナイフに小型バーナー、パーコレーターなどを準備したため少々大きめ。
気付のワインも忘れずに入れたら、そこそこの重さとなった。


翌朝7時に起きて、東京八王子の京王高尾山口駅を目指す。
麓からALL徒歩で、まずは高尾山の山頂に登る。

リフトやケーブルで高尾山中腹まで上がろうとする人々を横目に
景観のよいという「稲荷山コース」を選び、まだ霜柱の山道を歩きはじめる。


気温はまだ低いが、晴天で空が澄み渡る。
少し登った場所に景観が開けた。

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写真ではわかりにくいが、彼方には東京スカイツリーも見える。


さらに登ると、およそ一時間半ほど高尾山山頂に到着。
ここから、陣馬山へと縦走する。
少し歩くと富士山がよく見えたので、ここで休憩。
昨日スーパーで衝動買いした、「黒糖バナナチップ」をいただく。


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山では甘いものが特に美味しく感じる!
「黒糖バナナチップ」にすっかりハマリ、友人とともに完食してしまった(笑)

その後さらに歩を進め、景色を楽しみながら「城山」を通過。
小仏峠頂上に至る。
有名な!?タヌキさんたちがお出迎え。

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江戸時代、甲州街道はこの小仏峠を通っていた。
あまりに急勾配であったため、自動車道路をつくるにあたっては、
大垂峠へと迂回したという。
中央自動車道の小仏トンネルが大変長いのも頷ける。

この近くに、
1880年に明治天皇が山梨を訪れたときに小休止したという、
「明治天皇小佛峠御小休所」の碑がある。

13時半、影信茶屋で昼食。
小型バーナーを取りだし。豚キムチ鍋をつくる。
スーパーで購入した鍋セットに、トッピングを加えると美味しさが引き立つ。
最後に、ごはんを入れればボリューム満点!

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鍋が煮えるまでの間、ワインを飲みながら友人と語らい楽しむ。
自然なかで過ごす、こんなひとときが至福だ。

食べ終わるころには、体が十分に温まっていた。
再び、陣馬山頂を目指して歩を進める。

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ここから先は、山中を歩く。
景観は陣馬山頂まで望めないが、樹々にかこまれた空間もまたすばらしい。

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地を這うような木根の力強さに、ふと
昨年、訪れた鞍馬山を思い出した。

SUUNTOは標高840mを表示。もうすぐ陣馬山頂上(857m)だ。
時折、日陰では足下に残る雪をふみしめる。

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午後3時半に陣馬山頂上に到着。
およそ、15kmを走破。

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頂上では、有名な白馬がお出迎え。

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1960年代後半、京王電鉄が「陣馬山」を観光地として売り出すために建てたという。
それまでは「陣場山」と表記され、その由来は、武田氏が北条氏の滝山城を
攻めるためにこの地に陣を張ったことによる。

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しばしその景観を楽しんだあと、茶屋で甘酒をいただいた。
そして、いざ下山。

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和田バス停から4時半のバスに乗る。

ほどよい疲労感とともに、帰宅後のビールも美味しく楽しめた。

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2011.03.12

「大規模地震災害に思う」

過去最大の甚大な地震被害をもたらした東北地方太平洋沖地震は
現在もなお余震が続き、人々に不安と恐怖を与えています。

私は、最初の地震時に東京都内の会社にいました。
下からドンっと突き上げるような地響きを感じた瞬間、
激しい横揺れに襲われました。

事務机の下に隠れようと身をかがめましたが、
幸いにも書類が崩れ落ちるくらいで、テレビが倒れ落ちるといった
ようなことはありませんでした。

家の様子が気になりすぐに携帯電話から連絡をとりましたが、
一切通じませんでした。
回線はハングアップしても、携帯メールが可能であったため、
メールで連絡をとることにしました。

地震のとき、家では子供がひとりで留守番をしていました。

食器棚からは、沢山のお皿や湯飲みが落ちて割れました。
iPadもふっとんで落ちたのですが、運よくソファの上だったようで助かりました。

子供は、テーブルの下に入って恐怖に耐えていました。
その後、固定電話からお母さんの携帯にかけるも繫がらないため
祖父の家の固定電話に連絡して、助けを呼んだとのこと。
そのあと、すぐに家内が家に駆けつけていますが危険な状況でした。

会社では、常時テレビ番組がモニターされているので情報は早いほうでした。
なかでも、ライブで見ていた津波の映像は驚愕と言わざるをえません。
まるで映画のCGを見ているかのように、波が人家を飲み込み、
動いている車を飲み込んでいく様子がライブに映し出されていました。

このとき私は、会社でテレビをみながら、ラジオを聴いて、
そして同時に災害WEB関連をチェックしていました。
そのなかで、情報がもっともリアルで速かったのはTwitterです。
やはりネット環境があることが前提ですが、
Ustreamやニコ動でも、NHKの報道をリアルに流しています。

災害時は、いかに早く情報を入手するかが極めて重要と思われます。
場合によっては生死を分ける結果に繫がりかねません。
また同時に、家庭内で確実に連絡を取り合える手段、待ち合わせ場所
などを事前に決めておくことも大事だと思いました。

さて、都内も余震が続き、
家のことも心配だったので、都内から家に帰る方法を模索しました。
しかし、都内の道は人々であふれ、車は渋滞して全く動きませんでした。
電車は動いていないため、バスは寿司詰め、タクシーもフル乗車という状態です。

結論、都内から家まで歩くことにしました。
Googleマップ等で調べると、距離はおよそ30キロ。
道は車でも走ったことがあるので、どうにかなるだろうと決断しました。

まず、コンビニで、歩きながら食べるためと、非常食として
携帯シルアルバー2本とアクエリアスを購入。
鞄を背負い30キロ先の自宅を目指しました。

歩道は、都内から歩いて帰宅しようとする人々であふれていました。
早歩きですり抜けながら、時に小走りで急ぎました。
疲れきり、家に到着したのは4時間後のことでした。

テレビでは、夜になっても続く余震と、二次災害いよる火事などが
引き続き報じられていました。

現在もきびしい状況が続く被災地の方々を思うと、胸が痛むばかりです。
できるだけ多くの人の命が助かるとともに、
これ以上被害が拡大しないことを心から祈ります。

被災地の皆さん
希望を捨てないでください。
災害に負けない、強い気持ちを持ち続けてください。
どうか・・・

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