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2011.04.19

「ロードバイクで走る前に③」

都内の最高気温も15度を越える日が増えてきた。

週末になると、自転車の台数が増えるのもこの季節から。
自転車モチベーションの高揚を感じる。


ところで、ロードバイクは、相当な距離を走れるようだが、
はたしてどれほどのものなのだろうか・・・
そう思って、先日の初ポタリングに出かけるにあたり、
サイクルコンピューターなるものを取り付けてみた。

導入したのは、Garmin社製の「Edge500」。
カラーは自転車に合わせてブラックにした。

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これだけでは、使えないのでセンサー類も購入。
基本のスピード&ケイデンス。


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これがあれば自分がどれくらいの距離を走ったかわかるので、
モチベーションを保つ意味でもあったほうが良いだろう。

様々なタイプが出回っているが、
GPSが入っているものは、後から走行した場所を地図データとして
書き出してくれるので大変便利だ。


ガーミンは、スピードとケイデンスが一体型のセンサーとなっている。
取り付けも比較的簡単で、専用のマウントをゴムで固定する仕組み。

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現在、画面は、以下の5パターン表示にしている。

・Cadence(クランク回転数 タコメーターみたいなもの?)
・Avg Cad(アベレージケイデンス)
・Max Speed(ピークホールドのようなもの)
・Distance(走行距離)
・Time of Date(現在時刻)

ハートレートモニター(心拍計)も追加できるが、
ロードバイクに慣れてからにしたいと思う。

まずは、使い方を勉強しながら、
自転車モチベーションを上げていきたいものだ。

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2011.04.17

「花散るころにもの想う」

桜の花が散りはじめると、西行の和歌を想う。

「願わくは 花の下で 春しなむ そのきさらぎの 望月のころ」 
(西行法師)

桜の花をただ美しいと感じるだけでなく、
その中に、はかなさや、もの悲しさを感じるようになったのは
いつの日のことだったろうか・・・。


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それは、
ふとした折に、コーヒーやお酒を美味しいと感じたあの感覚に似て、
桜に対してそれまでと異なる情感が沸き上がってきたように思う。
何か体質が変わり、新たな感性が目覚めたかのように・・・

かつて日本人は、
華やかに咲き誇り、そして潔く散っていくその姿に、
「諸行無常」という感覚を見いだしていた。

この世のあらゆるものは変化してやまない。
人も同様にして、生を受け、やがて死んでゆくといった
『平家物語』の冒頭「祇園精舎」にも登場するそれだ。



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また、
優美と憐憫を併せ持つ桜は、記紀の時代から愛されてきたことは、
万葉集や古今集をひも解けば一目瞭然である。

「あしひきの 山桜花 日並べて かく咲きたらば いと恋ひめやも」
(山部赤人)

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「桜花 時は過ぎねど 見る人の 恋ふる盛りと 今し散るらむ」
(詠み人知らず)



「桜花 咲きかも散ると 見るまでに 誰かもここに 見えて散りゆく」
(柿本人麻呂)

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「花は桜木、人は武士・・・」(一休禅師)
すなわち、桜と同様に、
武士は生きている間は常に気高い美意識をもち、
死に際は潔く綺麗に死にゆくのが一番である。

三島由紀夫が愛した武士道精神も、桜を手本としていた。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」(『葉隠』  山本常朝)



桜は、日本人の美意識とともに死生観をも象徴している。


古代から日本人のDNAに連綿と受け継がれてきた、
桜に対するこの独特の感覚は、普段は表出することは少ないが、
桜の開花とともに少なからず覚醒するように思われる。



「敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花」(本居宣長)

なるほど桜が国花といわれてきたのも、自ずと頷ける。

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2011.04.10

「自然回帰と白洲正子展」

人は、ふと自然に回帰したくなるときがある。
それはなぜだろう。

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山川草木とふれあうことで、自分も自然の一部であるということを
再認識したいのだろうか。


何かに突き動かされるように人々は野山に出かけ、
花や草木を愛でることで、心の安寧を保っているのではなかろうか。

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自然を忌避しながら、都市という空間で暮らしていると、
自分さえもその仮想空間に取り込まれてしまうのではないかという
ある種の危機感を体が覚えるのかもしれない。

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それは、人間がもつ本能ともいうべきものなのか。

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日本は、その国土の約7割を山野におおわれており、
記紀の時代から自然崇拝、山岳信仰の篤い国であった。

自然を畏怖し、自然と共存しながら暮らすなかで、
日本人の価値観や美意識が培われてきたのではないかと思われる。


時として起こる自然への回帰心、
それは連綿と受け継がれた日本人の深層心理ではなかろうか。

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ところで、文筆家の白洲正子さんは、
日本の山野を愛し自らその脚で日本全国を旅して歩いた。

樺山伯爵家令嬢であり、ご存知のように白洲次郎の妻である。

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         (白洲次郎)                      (白洲正子)

正子さんは、自分の眼で見たもの感じたもののみを信じ、
独自の美意識でそれを書き記した。
著書『かくれ里』では、人里離れた山野に佇む神仏像を紹介している。


そんな白洲正子さんの生誕100年特別展が、東京の世田谷美術館で開催されている。
昨年、滋賀県立近代美術館で同様の展示が開催されていた。

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展示は、白洲正子さんの著作ととも、関連する重要文化財や国宝が展示されている。
特に正子さんが執心した十一面観音立像は注目に値する。

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白洲正子さんは、
「ひとりの人間として自然と向き合うことで、人は何を感じ得るのか」
それを問いかけているように感じた。

自然への回帰。
それは人間も自然の一部であることを意識することで、
生あることを喜び、死することを憂う存在という、
生者必滅の理を呼び覚ますものではないだろうか。

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2011.04.03

「初ポタリング!」

今年の桜は、例年より遅咲きのようだ。

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今日の予報では都内の気温は17度まで上るという。
少し暖かくなると、外出したい気持ちが高まる。

ただ、
都内のガソリンスタンド行列も緩和されたとはいえ、
あまり車で遠出する気分でもない。

そこで、初めて「ポタリング」というものに出かけることにした。
普段、はあまり聞き慣れないコトバだ。

ポタリング(pottering):自転車でぶらつくことを意味する和製英語
語源は、potter=putter:のんびりする、うろつく ・・・ということらしい。

さて、初の遠出となる。
これまで近所を走ったことしかなかったわけだが、
なんとなく、春とともにようやくデビューという趣だ(苦笑)

そこで、どこを走るのがいいかということなにるが、
ここはやはり、
都内自転車乗りの聖地!?「多摩川サイクリングロード」しかない(笑)

ということで、
早朝!?9時過ぎに出発して走ってみた。

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なんとか、「多摩川サイクリングロード」にたどり着き、
いざ走ってみると、その混み具合に驚いた。

細い道幅の中を、
自転車は、ロード、MTB、ママチャリが混走しており、ペースもマチマチ。
加えてウォーキングするおじさん、おばさん&おじいさん、おばあさん。
そして、多くのランニングする人々。

これらを全て避けながら走るのは、相当な技術を要する。
そして、路面は思った以上にデコボコしていた。

少なくとも私は、「急」のつく操作はまだ慣れない。
それなのに、ロードバイクは急なスピードが出てしまうのだから困ったものだ。

ここは、桜がほころぶ川沿いの景観を楽しみながら走ることにした。

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新二子玉川橋あたりで、この近くの知人と待ち合わせ。
というか、休憩。ふぅ。

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知人に引っ張ってもらいながら、
なんとか羽田空港の手前、旧穴守稲荷の鳥居までたどりついた。

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この鳥居を目印に待ち合わせたり、ここのベンチで休憩する自転車乗り方も多いという。

ここまで個人的未踏の42km。
思えば遠くへ・・・きてしまった(汗)

12時前なので、ここでごはんへ。
羽田・弁天橋の手前にある「ゆたか」にて、定番のアナゴ丼をいただく。

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お腹いっぱいになったところで、
羽田空港に突撃!!

天気がいいので、飛行機を眺めながらコーヒーを飲むことにした。

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国際便ターミナルは、いつもより人が少ない印象を受けた。

一息ついてたら、いざ、帰路へ。
来た道を引き返した。

自宅まで残り10kmあたりで、
来るときに軽快に下ってきた連続する長い坂道が・・・(滝汗)

フロントをインナーに落としてもツライ、キツイ、降りたい・・・
完全に脚が売り切れてしまい、、
ママチャリもどきにも抜かれる始末(涙)

それでも、なんとか気合いで登りきって帰宅。午後4時。
気がつけば90kmを走っていた。

とーても疲れたが、
長い時間乗ったことで、ロードバイクという乗り物に少し慣れてきた。

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