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2011.09.03

「京都の夏祭りに想う」

朝夕の風が涼しさを増し、ヒグラシ蝉の声が聞こえ始めた。
季節の移ろいを感じることができるのは、日本人としての幸せだろう。
今年の夏は、暑かったが短かったように感じる。

「今年は、京都の夏祭りに行きたい・・」
そう思った7月のはじめころだった。

日本各地で夏には様々な祭りがあるが、盂蘭盆会(お盆)の色彩がつよい。
そして京都といえば、「五山送り火」。
「送り火」というからには、当然「迎え火」もあり、
京都の「門火」風習のひとつといわれている。

この機会に「五山送り火」に加え、前日に行われる
花背八桝町の「花背松上げ」の火祭りも見ることにした。

旅程には、私が好きな嵯峨野の散策も盛り込んだ。
今回はいつも、時間切れとなってしまい拝観できていない「清涼寺」
中心に散策を練った。

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広大な敷地に堂々たる佇まいの「清涼寺」(嵯峨釈迦堂)。

光源氏のモデルといわれる嵯峨天皇皇子、源融の由緒がある。
また、大阪夏の陣で自刃した秀頼の首塚には驚いた。

幸運にも清涼寺の本尊、釈迦如来像をご開帳しており、
間近で拝むことができた。通常は春先のみであったように思う。

続いて、散策路にある藤原為家の墓を訪れる。
父はご存知、和歌で名をなした藤原定家。(藤原俊成ー定家ー為家)

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小さな公園の脇に、ひっそりと佇んでいるのが印象的であった。

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厭離庵は、臨済宗天龍寺派の尼寺。
普段は非公開寺であり、扉のみ開いていた。
奥には定家塚があるというが、いつか訪れてみたい。
ちなみに、あの小倉百人一首は、ここで宇都宮頼綱の要望により
藤原定家が練ったものという。

今まで知らなかったのだが、この辺りは竹林が有名がらしい。
若者に人気の散策コースというが、私の観点からはハナからずれていたようだ(笑)

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続いて、
夏の夕暮れ時の大覚寺「大沢池」に立ち寄った。
遠くで蓮の花が、みごとに咲いていた。

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そして、
いよいよこの日の本題となる松上げの祭りが行われる花背八桝町へと向かった。

夜は天狗がでそうな鞍馬山へ向かうほどに深まっていく。
鯖街道とは誰が名付けたのか、若狭湾からとれた新鮮な鯖を運んだという
つづら折りの道をレンタカーでひた走る。それも軽自動車である(笑)
実は、京都においては軽自動車がきわめて便利であることが今回よくわかった。

「本当にこの道でいいのか?」
と思われる細く暗い道を市内から1時間ほど走ると川沿いの祭場に到着する。

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松明を手にした、村の男たちがどこからともなく登場。
雄々しく皆気合い十分である。

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河原に準備された無数の松明に火がともされていく。

気がつくと、
不安げな闇はいつしか幻想的な光景へと変貌していた。

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男たちは、この松明のなかで玉入れのように巨大な松明に向かって
火の固まりを投げ入れていく。

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この祭りを、終わりまで見ていると22時半となる。
帰りは、峠の下り道をレンタカーで楽しみながら宿には23時過ぎに到着。

翌日。
暑い日差しが古都に照りつけていた。
送り火で燃やしていただく護摩木を奉納するために、
大文字の麓の銀閣寺にある受付場所へ向かった。

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出発直前、東日本大震災によって大きな被害を受けた陸前高田市の護摩木を
「五山送り火」で燃さないことに決まったというニュースが流れた。
岩手から京都へ送られた護摩木に、
わずかな放射能物質が検出されたことがその理由という。

京都市内を移動するタクシーで、年配の運転手さんは自らこの話題にふれ、
「京都市民として、日本人として恥ずかしい」と語っていた。

自分や家族を防衛することはとても大事なことだろう。
しかし、同じ日本人が苦しんでいるときに、その人たちの気持ちを考えず
利己主義に走るような言動は、悲しくも日本の未来を憂わざるをえない。

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道で倒れている人がいても、見て見ぬ振り・・・
日本の未来が、そんな風にならぬことを心から祈る。

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「子供たちのことを見守ってください」
「今までありがとう。また会いたいです。会いたいです」
「必ず もっといい町にするぜ」
岩手から送られた護摩木には、そんな言葉が綴られていたという。

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夏祭りといえば、
きっと誰もが思い出す風景がある。

父と母に手を引かれ、
夜空に浮かぶ大輪の花火を見ながら露店が連なる道を歩く。
そんな子供のころ見た風景がノスタルジックに思い出される。

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そして、
年を重ねるとともに、そこには様々な想いが重なってゆく。
震災のあった今年は、さらに特別な意味が加わった人が多いだろう。

 

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