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2011.11.20

「屋久島が教えてくれたもの〜後編」

前編を書いてから、気がつけば一ヶ月以上が経過してしまった。


夜遅く帰宅すると、
なかなかパソコンで文字打ちをする気になれないのは私だけだろうか。
iPhoneにすれば空き時間に書くこともできるだろうが、
ますます物質社会に取り込まれてしまうようで少し悩ましい。

都会で暮らし続けていると、本来人間がもっている大事な感覚が、
物質の渦に取り込まれてしまうようで、時どき息苦しくなる。
きっとこれが積もり積もると、精神や体にもよくないのだろう。


そんな時は、自然のなかへ。
野山に身を投じるのが良い。


前編では、「縄文杉」に会いに行くため屋久島を訪れたところまで書いた。

実際に「縄文杉」に触れて、その神のような生命力を感じてみたかった。
そうすれば、自分の中で何かが変わるような気がしていた。



さて、
樹齢7200年といわれる「縄文杉」に会いに行くためには、
屋久島の宿を早朝5時に出発しなくてはならない。

屋久杉まで、およそ8時間のトレッキングが必要となるからだ。

ザックを背負い、まだ暗いなかを「屋久杉自然館」へと向かう。
ここの前から荒川登山口へ向かうバスが出ている。

荒川登山バスは片道850円也。
少々高いが、ここには環境保全金が含まれている。

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屋久島を旅するに際しては、トレッキングブーツを新調した。
足が合って気に入っているMERRELLのハイカットモデル、
OUTBOUNDMIDGORETEX

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ザックは、昔から愛用しているMILLET(ミレー)の30ℓサイズ。
宿に他の荷物を置いていける場合は、このサイズでお釣りがくる。

ただ、屋久島はレインコートとザックカバーは省略できないだろう。
少し後に屋久島を訪れた知人は、全行程が雨だったと嘆いていた。

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荒川登山口のトンネルを抜けると、大株歩道の入り口までしばらくトロッコ道が続く。
道は比較的平坦だが距離は長い。

道々、いたるところで水が湧き出ており、そこに生息している苔たちも美しい。


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「こすぎだにはし」まで、しばし40分ほど歩く。
この先に、大正12年から昭和45年まで小杉谷集落があった。


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営林署による屋久杉の伐採基地として集落がおかれ、
最盛期には500人を超える人々が暮らしていたという。

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週末になると、村の人々はトロッコに乗って港町安房まで買い物でかけていた。
トロッコは杉を運び出すだけでなく、日常生活の足としても活躍していたのだ。

さらにトロッコ道を歩いていると、下の方からなにやら轟音がきこえてきた。
筋骨隆々の男たちを乗せた、ディゼール車両が上ってきた。

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実は、この人たち高塚小屋から処理しきれない人糞を担ぎ下ろすための強者だち。
かつて屋久杉を運搬した線路は、現在、人糞を運び出すために活躍している。

終着点から、空のポリ容器を山小屋まで持ち上げ、それに満載して背負って下る。
容量はおそらく20kg以上あるだろう。

ちなみに、この縄文杉ルートには、トイレは3カ所しかない。
先ほどの小杉谷集落跡前、そしてこの大株歩道入口。そして高塚小屋だ。

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小杉谷集落跡から、1時間半ほど歩くと大株歩道入口に到着。


トロッコ道が終わると少しづつ急峻な場面があらわれ、
いよいよ登山の趣となる。

足下には、花崗岩のうえに杉の根がうねっている。
このような場所は、濡れているとかなり滑りやすいだろう。

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ここからは、大きな屋久杉たちに出会うことができる。
ちなみに屋久杉とは、主に標高500mを超えるところに自生する杉をいう。


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樹齢2000年といわれた「翁杉」は、昨年(2010年)9月に倒れてしまった。
倒れてしばらくは、独特の芳香が漂っていたという。


ウィルソン株」。
植物学者アーネスト・ヘンリー・ウィルソン博士により発見されたのが名前の由来。

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巨大な切り株は、豊臣秀吉が京都の方広寺建立ために切ったといわれる。
中は畳八畳分の広さがあり、神様が祭られている。

上側をみると、まるでハート型にくりぬかれたよう。

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「大王杉」。
力強く大地に根をはる勇姿は、まさに大王を思わせる様相。
周囲は11.1mもある。

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「夫婦杉」。
誰が名付けたのか、二本の巨大な杉が枝を渡して繫がってしまっている。

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向かって、左が妻(周囲5.8m)で、右が夫(周囲10.9m)

中には、ドレッドヘアーのようであったり、マンモスを想像させる樹もある。

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他にも、
ヤマグルマ、ヒメシャラ、モミ、ツガなどの樹々が屋久杉とともに共生していた。
 
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「ウィルソン株」から2時間弱歩くと、
いよいよ念願の「縄文杉」との対面となる。

「縄文杉」という名は、縄文時代から生きているからという説と、
造形が縄文土器のようだからという説があるらしい。

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高さ役30m、周囲16.1m。
現在は、保護のための展望デッキに囲まれて近づく事ができない。

残念ながら、旅の目的であった「縄文杉」に触れて感じることはできなった。

しかし、「縄文杉」へと向かいながら感じたものもある。
それは屋久島には自然の「気」(のようなもの)が満ちみちているという感覚。

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雨が花崗岩を伝い、尾根から川へと落ち、海へと流れ落ちるように、
都会では決して感じることがない「気」の流れが感じられる。

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屋久島の動植物は、これまで大自然のなかで調和を維持し、
屋久杉は他の植物と共生しながら、長い時を経てもその生命を保ち続けている。

かつて日本人は、自然のなかにあって自然と調和しながら生きていた。
自然信仰、山岳信仰をもちアニミズム的な感覚が底流していた。
しかし時を経て、
物質に満たされた社会のなかで、いつしかその感覚を見失ってしまった。


屋久島は、いま私たちに教えてくれる。

人間も自然の一部であるからこそ、
自然のなかで調和し、共生していくことがとても大事であるということを。
そして、その感覚をこれからも失ってはいけないということを。

国木田独歩が『山林に自由存す』で語っているように。

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